50年の月日を経て、やっと山門を潜ることができました。
学び舎と呼ぶにはあまりにも勿体なく、有難く、そのタイムカプセルの扉は開いていました。
覚王山の地下鉄を降りて、走馬灯のような時間を感じながら日泰寺の参道を歩き、降りしきる雨の中で傘をさす手も少し冷たくなり、予定を変更して目的地へと急ぎました。すっかり建物や町の風景が変わってしまって曲がり角が不安でしたが、あの坂道が私を迎えてくれました。ちょっと雨宿りのつもりで山門の下で荷物を降ろすと、鐘楼堂に誘われて・・・。
本堂の前の階段に腰かけて長い時間ずっと眺めていました。
時間を告げるこの梵鐘を鳴らした先人たち。今は亡き師匠も探し続けている姉弟子も、そして私もここにいました。全国の尼僧さんがみんなここで修業をしてきました。
年を重ねると少しわかってくることがあります。忙しさに追われて置き去りにされている自分にふと問いかけたくなって、ふと会話がしたくなってここに来ました。
扉は開いていました。深くてやさしい景色で静かにそっと迎えてくれました。